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浦和地方裁判所 昭和36年(タ)22号 判決 1962年12月19日

原告 江間志ず

被告 清水兼吉

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「昭和九年六月七日新潟市長に対する届出によりなした原告と被告との間の婚姻は無効であることを確認する。被告は原告に対し三百万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和七年三月頃被告と内縁関係を結び、その後三ケ月間は同棲していたのであるが、やがて別居するに至り、昭和九年当時は原告と被告との間には夫婦としての共同生活はなく、被告は梶美代と同棲していたにも拘わらず、昭和九年六月七日被告は原告に無断で印鑑偽造によつて原告と被告との間の婚姻届を新潟市長宛に出した。しかし、被告には当時婚姻意思は無かつたのであるから、原告と被告との間の婚姻は無効である。

二、被告は昭和七年当時妻のある身でありながらその事実を隠して原告を誘惑したものであること、原告は事実上実家の相続人の地位にあつたので原告の実家では原告と被告との婚姻に対して反対であつたこと、それにも拘わらず被告は原告に無断で婚姻届をしてしまつたこと、それがため原告は実家における事実上相続人の地位を失つてしまつたこと、右のように被告は婚姻届をしておきながら以前から関係のあつた情婦梶美代と同棲し、更に昭和一三年六月頃からは平沢せきと同棲するに至つこと、昭和二一年九月九日浦和区裁判所に原告を相手どつて離婚調停を申立てた結果原告の意思に反して同年一〇月二九日原告被告間に協議離婚する旨の調停が成立し同日離婚届が作成され新潟市役所に提出されたことなどの一連の行為によつて、被告は原告の人権をじゆうりんして来たものである。そのために、原告は筆舌に尽し難い精神的苦悩を受けたのであつて、この苦悩を慰藉するには、金三百万円の賠償が必要である。

三、よつて、原告は、被告に対し、原告被告間の婚姻の無効確認及び慰藉料として金三百万円の支払を求める。

と述べ、甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし四を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、なお、甲第二号証(婚姻届)原告名義の署名は原告が記載したものではなく、捺印も原告の印ではない、と述べた。

被告は、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告被告間の問題は、浦和地方裁判所昭和二四年(タ)第九号事件によつて解決ずみである、甲号各証の成立(甲第二号証中原告名義の部分も真正に成立したものである。)は全て認める、と述べた。

当裁判所は職権で被告本人尋問をした。

理由

先ず、本件訴の訴訟要件について判断する。

原告が被告を相手どつて提起した当庁昭和二四年(タ)第九号離婚調停無効確認事件において、原告の「昭和二一年一一月二九日新潟市長あてになされた原被告間の離婚届の無効であることを確認する」との請求につき、請求棄却の判決を受け、右判決は昭和二八年一月一一日確定(東京高等裁判所昭和二六年(ネ)第九七〇号)したことは当裁判所に顕著な事実である。ところで、人事訴訟手続法第九条第一項は、「婚姻ノ無効若クハ取消、離婚又ハ其取消ノ訴ニ付キ棄却ノ言渡ヲ受ケタル原告ハ訴若クハ其事由ノ変更又ハ併合ニ依リ主張スルコトヲ得ヘカリシ事実ニ基キテ独立ノ訴ヲ提起スルコトヲ得ス」と規定し、婚姻事件に関する紛争を一挙に解決し以て身分関係の安定を図つているのである。右法条には離婚無効の訴が掲げられていないが、離婚無効と離婚取消とを別訴禁止に関して別異に取扱うべき理由はないから、離婚無効の訴につき棄却の言渡を受けた場合にも、前記法条を準用すべきである。従つて、既に離婚無効の訴につき棄却の言渡を受けている原告は、最早や婚姻無効の訴を提起することはできない。

次に、被告は原告を相手どつて昭和二一年九月九日浦和区裁判所に離婚調停の申立をした結果、同年一〇月二九日「(一)当事者双方は本日合意の上協議離婚すること、(二)当事者双方は遅滞なく離婚届を作成してこれを管轄戸籍役場に提出すること、(三)申立人(被告)は相手方(原告)に対して慰藉料として金三千円を昭和二一年一〇月三〇日限り支払い、且つ謝罪状一通を交付すること、(四)調停費用は各自弁のこと」とする調停が成立したこともまた当裁判所に顕著な事実である。而して、右慰藉料の算定に当つては、原告と被告とが同棲してから離婚調停に至るまでの一切の事情が考慮されているものと解するのが相当である。しかも、本件訴における慰藉料請求の原因も、以上のような被告の所為であることに帰着する。ところで慰藉料についての原告被告間の右調停は、その成立当時の人事調停法(昭和一四年三月一七日法律第一一号)第七条本文により裁判上の和解と同一の効力を有するのである。従つて、右調停の効力により、同一の事由により再び慰藉料を訴求することは許されない。

以上に論じたとおりであるから、原告の本件訴は、婚姻無効確認の点も、慰藉料請求の点も、何れも訴訟要件を充足しないので、不適法な訴としてこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長濱勇吉 西塚静子 篠田省二)

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